INTERVIEW 03 荒武裕一朗 YUICHIRO ARATAKE

1974年生まれ、宮崎市出身。ピアニスト。2008年、日本人でただひとりメンバーに選出された欧州ツアーでは、オランダをはじめ、ドイツ、ベルギーでコンサートを行い、好評を博す。2013年に東京・新国立劇場で開催された、芸術監督D.Bintley「ダイナミック・ダンス」にて音楽監修・共演。

もがき苦しみ続けた日々と
その先で見つけた新しい未来

[P] ENZO / [HM] MADOKA TAKEDA / [TEXT] KENJI SUNOHARA

SESSION67、第3回目のセッションでは、昨年、日本ジャズ界を代表するドラマーの本田珠也、若手の注目ベーシストである三嶋大輝とのトリオでアルバムをリリースして話題を呼んだ、ジャズ・ピアニストの荒武裕一朗さんにインタビュー。苦悩を抱えながらピアノに向き合った日々から、本田竹広、菊地雅章という、伝説のピアニストたちとのつながり、そして新しい未来への野望について話を聞いた。(前編)

「ピアノをひきたい」という思いをよみがえらせた
ある若いベーシストがかなでる音との出合い

――2016年2月にリリースされたアルバム『TIME FOR A CHANGE』。そのライナーノーツで「ピアノをやめようと考えていた」と告白されていますが?

読まれた皆さんは、いったい何が起こったのかと思ったかもしれません。でも、本当にやめようと考えていました。ちょうど、40歳になろうとしていた頃、ピアニストとしての仕事にいろいろ思うことがあって、ピアノに向かい続けることが苦しくなっていたんです。

――その思いを踏みとどまらせたのは、いったい何だったんですか。

きっかけは、三嶋大輝というベースに出会ったこと。技術のあるうまい人はいっぱいいるけど、大輝みたいな音を出せる人はほとんどいない。彼の音は、人にちゃんと愛されてきた音なんですよ。

この若者は、まだ技術は足りないけど、もっている音がすばらしいから、ブラッシュアップしていけば、必ずすごいベーシストになる。だから、ちゃんと世に出してあげなくちゃいけない。なによりも、ぼくは大輝の音が好きだったし、ぼくのピアノの音にきっと合うだろうって、その時に思いました。

――22歳からの付き合いという、荒武さんと本田珠也さんとの関係を考えると、珠也さんがキーパーソンになったと思っていましたが、そうではなかった?

もちろん、珠也さんの存在も大きかったです。これまでリリースしたアルバムに何曲かゲストで入ってもらったことはあるんですけど、一緒にフルアルバムを作ったことはありませんでした。だから、ピアノをやめる前に1枚くらい一緒に作りたいな、と。そしてそのために、珠也さんと大輝とでトリオを組みたいと思ったんです。

まず、珠也さんに相談したら、「オレで良ければやるよ」って。大輝にも頼んだら、我々とあまりにもキャリアが違うので、最初は躊躇していました。だって、珠也さんの大輝に対する第一声が「なんでオマエとやらなきゃいけないんだよ」ですからね(笑)。でも、まずはやってみようということで、トリオをスタートさせました。

――アルバムを作るにあたって、コンセプトは?

ピアノをやめようと真剣に考えていたので、この1枚が最後になってもいい、くらいの気持ちでのぞみました。とにかく、誰にも口を出させず、曲も内容も自分のやりたいように全部やろうって。どこを切り取っても“荒武裕一朗”にしようと。もし、これがダメだといわれたら、故郷の九州へ帰ってもいいと思えるくらい、自分のすべてを出しきりました。

ただ、はじめは2枚組にしようと考えていたんですよ。それを彼女に話したら、「2枚組にしなければ自分のいいたいことを伝えられないんなら、それは本当にいいたいことじゃない」といわれました。もう、目からウロコですよ! 「苦しいけれど1枚におさめて。それが本当に伝えたいことを、いいきっているということなんだから、その方がゼッタイいいよ」という言葉に、うなずくことしかできませんでした。

――それで、アルバムを聴いた方の感想はどうでしたか?

今までで一番いいといってくれる方が、とても多かった。だから、もっとたくさんの方に聴いてもらいたいと思うようになって、ツアーを組んだり、ライブをやったり。去年は、ほとんど東京にいませんでした。まぁ、そうこうしているうちに、ピアノをやめたいなんて気持ちはすっかりふっとんじゃいました。

――その結果、落選した曲も何曲かあったそうですが、最初から入れようと決めていた曲はありましたか?

(本田)竹広さんのオリジナル曲「Water Under The Bridge」は、長年、ライブであたためてきた曲でもあるので、ぜったいに入れようと決めていました。「I've Got New」は1970年代に書かれてから、今まで演奏されなかった曲ですが、珠也さんから「オヤジ、こんな曲やっていたよ」と譜面をもらって弾いてみたら、いい曲だなって。レコーディングの前にライブで演奏して、お客さんの反応を見ながらブラッシュアップしていった結果、自分でもやりたいと思うようになったんです。

竹広さんから教えを受けた日々は
自分の人生にとってかけがえのない宝物

――“荒武裕一朗”一色に染め上げたアルバムの中に、本田竹広さんの曲が2曲入っていたことからも、荒武さんのピアノを語るうえで竹広さんの存在ははずせないように思いますが、教えを受けるようになったきっかけは?

竹広さんの演奏はレコードでずっと聞いていたんですが、ライブハウスではじめて聞いたのは21歳のとき。こんなに豪快で繊細な音を出せる人がいるんだって、衝撃的でした。それからはずっと竹広さんを追いかけまくって、ライブではいつも一番前に陣取っていたものだから、竹広さんのファンの間で、ぼくは有名人だったみたいですよ。

そんなことをくり返していたら、ライブが終わったあとに竹広さんの方から、「オマエ、いつも来てるな」って、声をかけてくださったんです。その瞬間はビビっちゃって「ええっ」としか反応できなかったんですけど、一緒にライブに出ていた息子の珠也さんが、「オヤジのこと好きなんだよな」って、うしろから声をかけてくれて。それがきっかけで、まず珠也さんと仲良くなり、その後、脳出血の影響で半身がマヒした竹広さんのリハビリを手伝いながら、ピアノを教えてもらうようになったのがはじまりですね。

――竹広さんは、どんなふうに教えてくれたんですか。

初日の朝は、竹広さんが入院されていた病室に訪ねていったんですが、入るなり「おはよう」とかなにもなく、いきなり「音楽の3大要素は?」ですから。まず思ったのが、ここで間違えたらヤバいってことだったんですけど、緊張しながら「メロディーとハーモニーとリズムです」と答えたら、「うん、そのとおりだ。じゃあ、いこう」という感じで、はじまりました。

竹広さんはリハビリの一環でピアノを弾いていたんですが、病気の後遺症で、時々メロディーを忘れてしまう。そうするとぼくが代わりに、その部分を弾くってことを半年くらい続けながら、いろいろと教わりました。

教えてくださることは、とてもシンプル。たとえば、「ピアノの上をビー玉がころがっているような音じゃダメだ。鉛の玉がころがっているような音を出しなさい」とか、「姿勢は必ずブレないように」とか。

ふだんから本当にしゃべらない方でしたが、突然、思い立った瞬間に指導がはじまるんですよね。車に乗って移動しているとき、急に「左手が多い」といわれたんですけど、ひとり言なのかと思っていたら、「左手が、まだ多いな」って。あ、自分のことだって気づいて、「はい、スイマセン」という感じかな。

――竹広さんからかけられた言葉で、印象深いものといえば?

ぼくのデビューアルバムの帯に載せる言葉を、竹広さんに書いてもらったんですが、後日、渡された紙には「ピュアなソウルをもったわかものたちにかんぱいぱい」って書いてあって。これは「かんぱい」が正しいんじゃないかと思ったんですけど、間違っていませんかなんて、怖くて聞き直せず…。最終的に「かんぱい」にしたんですが、そのまま「かんぱいぱい」にしておけばよかったかな、と(笑)。

とにかくピアノも人間も豪快な方でしたが、とてもやさしい方で、本当にたくさんのことを教えてもらいました。リハビリを手伝ってピアノを弾いていたときの様子は、すべて録音してあって、珠也さんから、いつか聞かせてくれってせがまれていますけど、ぜったい聞かせません。あれはぼくだけの宝物なので、これからも、ほかの誰にも聞かせないでしょうね。

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  • 2018.08.31 (Fri)
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    荒武裕一朗 荒武裕一朗(P)、三嶋大輝(B)、本田珠也(Ds)
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    【東京都】新宿 PIT INN<昼の部>(新宿区新宿2-12-4アコード新宿 B1)
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    荒武裕一朗 荒武裕一朗(P)、三嶋大輝(B)、今泉総之輔(Ds)
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